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【基町悠吉のつぶやき④ 原コラム】

悠吉じゃ。今回はケアマネジャーが体験した、ある利用者さんとの心に残るエピソードを紹介しますぞ。

いつもご夫婦一緒だった。
「母ちゃん、」「おとうさん」と呼び合い
訪問するといつも「ここ座りんさい」と自分の敷いていた座布団を差し出し
笑顔で出迎えてくれた。
そのご主人は癌とわかっても認知症の奥さんの介護をし続けていた。
「何を考えているんですか! 癌末期の患者に認知症の奥さんの面倒をみさせる
なんて! 本当ならご家族に看病される立場なんですよ!」
担当医の怒鳴り声で思わず首をすくめて下を向いた。

奥さんをショートに預けて 一人で過ごす日々が続いたある日、ご主人から
「ちょっときてくれんか」と呼ばれた。
痛む背中を手で押さえながらなんとも言えぬ表情で
「かあちゃんを返してくれんか。わしが面倒見る。何にもせんでも‘ねき’におって
くれるだけでええんじゃ。おってくれるだけでええんじゃ。おらんかったら飯も食う気に
ならん。皆でわしをだましよって。連れて帰ってくれんかったら、ここから飛び降りるぞ!」
最期は叫びとも聞かれる言葉を吐き、暗闇の中で顔をこわばらせて訴えられた。

次の受診時、主治医に向かいいきなり頭を下げ「先生!母ちゃんを返してください!」と
懇願されると、思いもしない展開に主治医は「僕が間違っていました、、」と素直に謝られた。
自分の癌の痛みのことはひと言も言われなかった。

奥さんがショートから帰る日、奥さんの好きな刺身をテーブルの上に並べて待っていた。
夕方「帰りましたー。」と送ってこられる声を聞くと顔をぱっと上げ、
一歩、一歩進んで奥さんの顔を確かめると
「母ちゃーんー!」と人目も憚らず抱きしめて泣かれた。